1971年、レッド・ツェッペリン初来日。武道館アリーナ席に立ち絶叫していた。
中学校の文化祭。「戦争を知らない子供たち」でデビュー・パフォーマンス。
高校ではディープ・パープル、CSN&Yなどのコピーバンドをやっていたらしい。
プログレッシブ・ロックに目覚める。ピンク・フロイドのコピーから始まり、オリジナルも作ってライブハウスに挑戦。勝手に、四人囃子をライバルだと思っていたらしい。
大学ではフュージョン・バンドに変身。リトナー、ハンコック、コリア。ファンキー・リズム修行の毎日。オーディションにも果敢にトライしたらしいが・・・。
結局、堅気の商売に。でも音楽への夢絶ちがたく、週末はコンピューターで作曲ざんまい⇒作品をぜひ聴いてみてください!。
海外でもバンド結成。異文化交流。アジアン・ポップの潮流にも目いっぱい触れる。
買い集めたLPは膨大な量。CDになって全部買いなおし。膨れに膨れたコレクション。奥さんはあきれ果て、とっくの昔にあきらめている。
息子はヘビーメタル・バンドのドラマーに。親子パフォーマンスが夢との噂あり。
クラッシックにも、ジャズにも、あらためてはまっているようだ。
最近の発言、「音楽ってやっぱり最高ですね!」。。。。 |