アルトゥーロ・ベネデッティ・
ミケランジェリ
ドビュッシー 映像 第1、2集
Auturo Benedetti Michelangeli
Claude Debussy Images I/II
再現芸術としてのクラッシックは、当然ながら演奏家の力量に左右されます。このドビュッシーは、同じ楽曲が、演奏家によってここまで高められるのかという意味で稀有な作品と言えます。
1995年に亡くなったアルトゥーロ・ベネディッティ・ミケランジェリは、イタリアが生んだ不世出のピアニストです。天才肌としての逸話は数知れません。極端に神経質なミケランジェリは録音が大嫌いで、演奏会もよくキャンセルしました。この神経質そうな顔!。しかし、残されたCDはどれも珠玉の名演で、特にドビュッシーについては、ほかに並ぶものがありません。
その比類のなさは、異常なまでに研ぎ澄まされた一つ一つの音へのこだわりと、全体の音響構成にあります。脳から脊髄へ、神経系を伝わって指先まで。全ての打鍵は、その初速から踏み込み、開放のタイミングとペダル・テクニックへ、完璧にコントロールされています。そして、全体の音響空間を冷徹に管理する専制君主としての支配力。ピアノからつむぎ出すことのできる音響としては、これ以上を期待することは無理ではないでしょうか。
1971年発表のこの「映像」は、ドイツ・グラモフォンの録音技術の優秀さにもめぐまれ、とてつもない音響をかなでています。
とにかく一曲目の「水に映る影」を聞いてみてください。そこは、森の中でふと出くわした湖。辺りに人影はなく、私一人が見つめている。静かで透明な水面は、どこまでもおだやかで平らに水をたたえている。と見ると湖岸の木々の陰が、わずかながら影を落とし、水面と湖岸が切れ目なく続いているように見える。ふと、風が水面をゆらし、ごくわずかな波な広がって行く。木々の影も波にゆれ、どこか形をゆらめかせながら、少しづつ広がって行く。木漏れ日が木々の影とダンスを踊っているようだ・・・。
作品の素晴らしさはもちろん決定的。ドビュッシーは「月の光」など美しいピアノ曲で親しまれていますが、その音楽史上における位置付けは非常に重要で、現代音楽への掛け橋となる革新を成し遂げました。そのハーモニーは至高の響きとなって多くのリスナーを永遠に楽しませているのです。ミケランジェリはそのドビュッシーの音楽を、あるいはドビュッシーが考える以上に拡張し、完全なものへと研ぎ澄ましたと言っても過言でなく、これを聞かずしてドビッシーを聞いたと言うなかれ、といったところです。
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ミケランジェリのドビュッシーは、ほかに「前奏曲集」があるのみですが、人類の残した宝物としてぜひ親しんでいただきたいと思います。
ドビュッシー:前奏曲集/プレミア

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